最近、レッスン覚書を書いていませんでした。

ひさびさに書きます。

 

ギターの構え方、つまりフォームについて。

最近、これほどシンプルで、基本的なことについて、いろいろと考えています。きっかけは世阿弥の「風姿花伝」を再読してしまったことです。なんだか分からないかもしれませんが、最後まで読むとわかるかもしれません。(自分のなかではわかっていますよ。一応ね)

 

結論→ただひとつの『誰にでもあてはまる』フォームはありません。正しいからだの仕組み、動かし方を知った上で少しずつ修正し、最終的には自分で発見していくものです。

昨年6月ヤマハより「極楽クラシックギター」というものがでました。その中で、私がクラシックギター基礎講座を担当しました。

もちろん、その中で最初のほうで「ギターの構え方」を説明しなければなりません。実際、かなり悩みました。ほんの半ページほどのスペースでいったい何を説明できるのだろう?・・・と。

ということで、簡潔に「いすに楽に座る」ということを基本に、できるだけそれを崩さず構えましょう!!という点を中心にギターを構えるプロセスを提示しました。

 

で、最近、入会した生徒さんから「あの本の説明よりもレッスンのほうが詳しいですね」といわれました。

当たり前といえば、当たり前の話なのですが、「ああ、やっぱり文字&写真でフォームを説明するのは限界があるなあ」と思ったわけです。

 

実際に生徒さんにギターのフォームを教えていくときは、その生徒さんの「体癖」をチェックするところから始めます。

ある程度独学などでギターを弾いていると、右手ががちがちになっていたり、左肩が妙にあがっていたりするわけですね。

簡単な音階を弾いてもらったりして、チェックするわけです。

そして、体の動かし方の認識に誤りがあると思われる部分から修正を加えていく。

本を読むとき楽な姿勢は?とか、楽にカバンを持とうとしたとき指の状態はどうなっているの?・・・とか質問しながら、できるだけ自然な体の動作を認識してもらうところかたスタートするわけです。

そのチェックポイントは各人、まるで違います。そして、一回のレッスンではなかなか全てを見抜くことはできません。

 

そして、さらに重要なのが、生徒さんのレベルによって、さらにフォームを再確認していかなければならないことです。

ローポジションだけを楽に弾けるフォームが「正しいフォーム」というわけではありません。

またハイポジションだけを楽に弾けるフォームでも駄目です。

どのようなギターレパートリーでも楽に弾けるようにフォームを作っていかなければならないということです。

つまりギターを始めて3ヶ月の生徒さんがあまり「正しいギターフォーム」にこだわるのは間違いということです。

まずは、キンポウゲワルツを楽に弾けるフォームを確認し、それから禁じられた遊びでセーハがバランスよくきまるフォームをチェックする・・・。ポンセのソナタの複雑な和音の押さえもちゃんと楽にできるフォームを研究・・・。

・・・というふうに各段階でフォームは再確認&修正していくことが大切です。

 

そして、その基本的な考えは『体の自然な動きに則ってギターを弾けるフォームであること』です。

 

この単純にしてシンプルな考え方が理解されていないことが多いのが、最近悲しいですね。

これはいつの時代にも一緒のことなのかもしれません。

セゴビアにしたって、イエペスにしたって、カルレバーロにしたって、巨匠と呼ばれる人はみな同じことを考えてフォームを築いていったのだと私は信じています。

 

ここで、話は風姿花伝にもどります。

結局、この「能」の秘伝書に書かれていることは「え?そんなこと、わざわざ言わなくても」というような「当たり前」のことが多いのです。

これを秘伝にしなければならなかった理由がおそらくあったのだと思います。世人の曲解、誤解を怖れた世阿弥は、やはりこの「当たり前」のことを秘伝にしなければならなかったのでしょう。

この「当たり前」のことを本当に理解するためには、能のすべてを修めなければならないのだと思います。

 

おそらく、クラシックギターにおいても、ほんとうに正しいフォームを見つけるためには、かなりの時間を要するのでしょう。おそらく、それを言葉に表せば、シンプルな論理のものになると思います。

そして、そのシンプルな論理を誤解する人は、本当に理解している人の数千倍もいる・・・これが浮世というものですね。