最新号の現代ギターにギタリスト、ステファノ・グロンドーナ氏のマスタークラスの記事が掲載されています。

私は、そのマスタークラスの通訳を担当しました。マスタークラス自体のレポートは小川和隆氏が担当。

その補足を書いたら?という小川氏の配慮で、原稿を書くことになりました。

私自身の目には、グロンドーナ氏のレッスンは各生徒さん毎にテーマを発展させていく・・・というふうに映りました。

一人目・・・「感じる」ことの大切さ

二人目・・・音の持つ緊張感(テンション)を感じることの大切さ

三人目・・・楽曲解釈と演奏の自発性との関連

という具合です。(あくまでも個人的見解です)

 

ちょっとだけ自分の書いた文章を引用。

マスタークラス前後にグロンドーナ氏とテクニックについて語る機会を雑談という形で得た。そこで語っていた彼の哲学は、音楽を感じてそれがそのまま音になる…というのが彼の追い求めている方法であった。爪の形がどうだとか、タッチのアングルがどうだとか…ということは関係がなく、自分がある音をイメージした瞬間にそのとおりの音が実際にでる…ということが重要であると力説していた。

『音のイメージ=実際の音』という図式になることがグロンドーナ氏の理想であり、実際に彼が実現できていることである。一般には、この図式が成立することは非常に難しい。タッチだとか、左手の押弦などのテクニック上のことを考えた上で実際の音が成立するからである。

 

音のイメージが実際の音が完全に一致するタイミングで生じる・・・というのが、グロンドーナ氏の最終的に言いたいことだったのではないかと思います。マスタークラスを受講した3名は、技術的にも音楽的にもかなり高いレベルにありましたがまだ、その点では「ギタリスト」というわけです。この点を学ぶことができれば「音楽家」になれるということなのでしょう。

そして、この「最後の領域」へと至る過程を3名のレッスンを通じて辿ったのだと私は考えています。

 

そういう意味で、グロンドーナ氏のレッスンは通常のレッスンとは異なるものでした。知識や一般的な意味でいう技術を学ぶものではなかったということです。

解釈や奏法に関する技術については受講生3名とも、しっかりとしたベースメントがあったからこそ、実現しえたマスタークラスであったと思います。

このあたりが聴講生にしっかりと伝わっていたのかどうか?・・・ということが通訳として不安でした。そのあたりを察してくれたのがレポート担当小川先生です。小川先生の御陰で、前例のないマスタークラスレポートになったと思います。

今後のマスタークラスのあり方も含めて、いろいろと勉強になった原稿でした。

 

詳しくは「現代ギター2月号」をご覧ください。

現代ギター社のサイト

 

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