ギターレッスンと演奏の日記 from 富川ギター教室

クラシックギターの「伝道師」富川勝智のギター教室でのレッスン活動と演奏活動の記録です。

継承

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手塚健旨先生公開レッスン…終了しました!

10月8日(祝日)に、青葉台にて「手塚健旨先生公開レッスン」を行いました。

聴講生もたくさん来ていただいて、実に有意義な時間を過ごせました。





受講生は、いずれも国内のコンクールで優秀な成績を収めている10代から20代の若者たちです。

レッスンの内容は…とにかく手塚先生の豊富な経験と豊富な知識に裏付けされた「正統派」なものでした。そして、その全ては「基本」に立ち戻ります。手塚先生はセゴビア、イエペス、レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ、3人の巨匠にきちんと習った唯一の人です。そこから学んだこと(テクニックや表現法や解釈)を演奏や教授活動を通じて伝えることをしてきた人です。

今回もレッスン中、「これは私の意見ではないですから」という言葉を度々使ってていたのが印象的でした。例えば、「タレガだったらこう弾いていた」ということを、きちんとした証拠をもとに提示していました。

私は手塚先生には4年間師事しました。レッスンで習った内容は当時も「証拠」と「確信」に満ちたものだったのでしょう。当時の僕はそのまま受け取っているだけでしたが。
…現在プロとしてやっていますが、様々な資料やギタリスト達の業績などをたどって行くと、やはり手塚先生が仰っていたことはしっかりとした証拠に裏付けされた「正統派のテクニック」であり「正しい解釈」であったことがわかってきました。それは今回の公開レッスンでも強く感じたことです。

そして、音質には厳しいレッスンでした。和音のバランスにも敏感でした。Pのタッチについてもとても厳格でした(私が見た限りでも受講生で誰一人ちゃんとした低音を弾けている人はいませんでした)。

昔と一緒だなあ!…なんて嬉しく思ったり。

聴講した方は、いろいろ「ギターの音」について「解釈の仕方(=根拠の求め方)」についてたくさんのアイデアを得られたと思います。

私もたくさん勉強できました。手塚先生はやっぱり凄い!



 


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T君からのメール:普遍性 伝統と継承

いろいろと生徒からメールをもらいます。
長い付き合いの生徒さんからたまにメールをもらうのはうれしいものです。最近は海外で暮らしている生徒さんからメールをもらうことも多いです。

先日、いまはアメリカの大学でギターを勉強している元生徒さんからメールがありました。彼を教えたのは小学生のころです。その後、ハワイのほうへ行きました。ハワイでもクラシックギターの勉強を続けようと考えたのですが、あまり良い先生に恵まれず・・・しかし、たまに日本に来たときに私がワンレッスンをしたりして「クラシックギターへの想い」を持ち続けてくれました。そして彼ももう大学入学。

2009年末に会ったときに、「作曲家か、ギタリストになりたい!」と言っていたので、どうなるのかなあ?・・・と思っていたのです。日本でいえば、高校生・・・将来どうするのか・・・悩んでいたのでしょう。

結局、アメリカ本土へ行き、クラシックギターの勉強をすることにしたようです。メールには日本の震災について心配する文面、クラシック音楽のコンサートがハワイに比べて多いこと・・・学生生活について書かれていました。

さて、肝心のクラシックギターの勉強は?・・・どうやら良い先生にめぐり合ったようで、しっかりと勉強しているようです。ギターアンサンブルのコンサートなども行っており、充実した学業生活を送っている模様。

そのメールの最後のほうに、私とのレッスンを思い出している様子が書いてありました。

そし て言いにくいのですが絶対彼のギター科の子達より富川先生の教室の生徒さん達の方が良い音(良い演奏)をしています。薄っぺらい音というか、なんというか、はっきり言って彼らはタッチが甘いのです。プロを目指しているくせに。(アメリカは自由の国です。)○○先生自身はいい音を出していると思うのですが。といっても富川先生や池田さんのように太く力強い音であるわけでもありません。きっともとの流派が違うのでしょう。

富川教室の生徒さん達はしっかりとしたタッチを伝授されていて、恵まれていると思います。僕個人としても 、富川先生の所で本当に「いいもの」を教えて頂いていたのだなぁと痛感することがあります。こっちのパーティングトン先生は不思議な事に右手のタッチは全く修正してきません(左手を修正される事はあります)。「いいもの」と言いましたが、「本場の味」と言っても良いかもしれません。これらの定義は人それぞれ違うでしょうね。ただあくまでぼくにとっては、こっちのギター科の子は音は「いいもの」には該当しないのです。

なんだかうまく言えませんが、富川先生の教えているものは「正統」であり、同時に「普遍的」なものだと思います(それとも正統なものと普遍的なものとは同じことを意味するのでしょうか)。先生の生徒さん達はきっと世界中どこへ行ってギターを弾いて も大丈夫というか、つまり先生の教えているものは世界に通用するのだと思います。それは実際僕自身が体験していることです。土台がしっかりしているから、外国でもみんなに演奏を楽しんでもらえるし、新しいことを学ぶときもさほど苦労しません。

小学生、中学生のころ。彼は、僕や友人である池田君の音をしっかりと覚えていてくれたのです。
そして、それがしっかりと彼の「理想の音」になっている。
これはとてもうれしいことです。

同時に「教える仕事」にすごい責任を感じました。

そして、音に関して言えば、やはりホセ・ルイス・ゴンサレス先生からは「本物」を学んだのだなあ、とものすごい感謝しています。それが、結局僕の「音色の根本」になっているからです。このメールをくれた彼が感じた「普遍性」はそのホセ・ルイス先生が私に渡した音色や音楽観なのかもしれません。

そして、ホセ・ルイス先生は、その師匠であるセゴビアやレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサから「音色と音楽」を継承しています。

そういう意味では、彼が「普遍性」を感じるのは当たり前だったとも言えます。


やはり、西洋音楽の源流はヨーロッパにあると思います。

このことを考えるときに思い出す本があります。


中野雄さんの本です。この本の第10章に、ウィーンフィルとアメリカのオーケストラの違いが書かれており、それがそれぞれに「哲学」の差によってもたらされていることが書かれています。

私は常に同様のことをクラシックギターの「音色」についても感じてきました。

やはりスペイン系の奏者の音色のほうに惹かれるのです。ひろくとればヨーロッパの音のほうに魅力を感じます。そして、アメリカ系の奏者には何か「人工的」なものを感じるのです。
理由はわかりません。(それを解明するために勉強を続けてはいますが・・・)


先日、神成理さんの音色に「本物」を感じました。

友人の池田慎司さん(ホセ・ルイスの同門)も同じことを感じたようです。彼のブログで以下のように書いています。

コンサートは素晴らしかったです!
音楽が素晴らしいだけでなく、こんなに太く輝きのあるギターの音を聴いたのは スペイン留学以来かもしれません。
音楽で感動するだけでなく、ギターの音そのものに驚く程魅力や感動がありました。
正に神成氏の音はスペインの音でした。
今ここにホセ・ルイス師匠が蘇ったかのような衝撃的なコンサート
その場に居れたことに感謝です。

「ギターの音そのもの」に魅力を感じる・・・この言葉は深いなあと思うのです。

これを伝えることは非常に難しいです。もちろん、技術的なことやメカニックの部分ではある程度までは伝授できます。しかし、最終的には「イメージ」の問題です。そして、それはどのような楽器をセレクトするか・・・という点にまで及びます。そして、右手や左手の問題だけではなく、「どのような音楽を作りたいのか?」という部分にまで行き着くのです。

このあたりを私はずっと研究し続けています。

「ホセ・ルイスの音がすごかった!」「セゴビアの音はすごかった!」と言うだけなら誰でもできます。そして、それを「こんな感じだったかな?」というふうに自分の感覚だけで口伝形式で教えること・・・これを行っている人も多いとは思います。

しかし、私はそれでは不十分であると思っています。

だからこそ、ホセ・ルイスという音楽家がどのような教育を受け、どのような音楽に影響を受け、どのような哲学を持っていたのか・・・そのことを含めて研究していかなくてはいけないと思っています。その作業は歴史なかの事実の断片を集めることなのかもしれません。落穂ひろいのような作業です。

私のギター史への興味は、このような理由もあるのです。

具体的な奏法理論史(?)にも興味があります。だから古今東西のギター教本や奏法理論の本を収集するのも大好きです。(・・・というより仕事ですね)

そして、その中で正当であり、きちんと確立されたものを生徒さんには伝授しているつもりです。
音楽表現の理論についても、だいぶ整理がついてきました。そして、結局は「そもそも音楽って何が大切なの?」という部分にまで思索はおりてくるものなのです。

上記のようなことを学び続けながら、整理すること。それを教えること。これが私の仕事です。クラシックギター音楽の歴史を継承するつもりで、ひとりひとりの生徒さんのレッスンを行っています。

上記に紹介したアメリカ在住の元生徒さんのように、「普遍性」を理解してくれる方をひとりでも増やすのが私の仕事なのです。

それを再認識させてくれた「お弟子さん」のメールに感謝です。こういうメールをもらったとき「ギタリストという仕事を選んでよかった!」と思うものです。





「継承」するということ

なんだか、固いタイトルですね…。

「継承する」ということ。

最近、レッスンなどで「大切だなあ」と思うことなのです。例えば、今自分が「自分のもの」として教えていることも、ほとんど全部が先輩ギタリストや巨匠たち、そして偉大な音楽家たちが与えてくれたものなのではないか?…ということです。

あたりまえっていえば当たり前なのですが…。

で、何を私が継承しているか…と自問してみるとします。そうするとたくさんのものが浮かびますが…。

直接なもの、もっともダイレクトなものとして「師匠からの教え」があります。直接レッスンなどで学んだものですね。

たまにこのブログでもネタにしますが、やはり私の中に今まで学んだ師匠達のアイデアが多数存在します。

“マエストロ”ホセ・ルイスや井上幸治さん…そしてアレックス・ガロベー…

私自身が自分の生徒とのレッスン時に言っていることの中に「師匠が自分に言った言葉」が生きているわけです。

そこにはレギュラーで師事していた先生だけの言葉だけではなく、マスタークラスなどで受講した先生たちの言葉もあるわけです。

そして、私が習った先生たちの言葉のなかに、さらにその先生たちの師匠達の言葉が確実に存在する…つまり、今の私の中には先達たちの言葉がたくさん蠢いているわけですね。

ホセ・ルイス先生でいえば、「セゴビアの教え」とか…。井上さんも、レッスン時に『そこはホセ・ルイスみたいにやっちゃえば?』とかよく言っていました。アレックス先生はそういう「誰それみたいに・・・」という言葉使いは全くしませんでしたが、おそらく彼の中にもホセ・トマスを始めとする彼の先生からの教えが生きているはずなのです(とはいっても、彼の親友で素晴らしいギタリストであるマルコ・ソシアスなどを例に出して「あ、これはマルコが言っていたことだけどね…」という感じでちらっとは言っていました)。

そう考えると、今私が教えていることのほとんど全てが「先達の教え」であるともいえるわけです。

そして、レッスンのときにその「先達の教え」の“パワー”を借りることも(たまに)あるのです。例えば、『そこはホセ・ルイスだったら、こうやるよ』とか、『だってセゴビアがそう弾いているじゃん!』とか…。

もちろん、それだけだとなんだか「誰それ派」とか「〜流」のようで、嫌味になる可能性もあるのですが…レッスンをしていて、どうしてもそれしか思いつかないこともあるのです。そういうときは、もうそれで貫きとおすしかありませんね(苦笑)。

だってセゴビアがそう弾いているじゃん!…そう言われて、文句をいえる生徒はいませんから…。

去年、九州のギタリスト池田慎司君に会ったときも、似たような話題になりました。彼があるフルート奏者の教えを受けたとき、普段は冷静で理知的な分析をしてくれるその先生が、ある部分の表現に触れたとき「モイーズがそうやっているから…」という言葉を使ったということです。

理屈では分からないんだけど、その言葉には抵抗しようがない“力”があったようです。

モイーズに関して言えば、フルート奏者の山下兼司氏と出会った頃、ラヴェルの「ハバネラ形式の小品」のリズム感について煮詰まったとき、リハーサル時に「まあ、これでも聴いてみたらいいよ」と言われて、モイーズの演奏を聴かされた記憶があります(勿論これは伴奏部分を参考にせよ…ということだったかもしれませんが)。

なんとなくなのですが、この録音を聴くことによって、ラヴェルの“匂い”というか、“雰囲気”が分かったような気がして、その後すんなり弾けました。

…そう考えてみると、共演する人から学ぶことの中にも先人の智慧が生きているわけですね。その人が習った先生の影響を知らず知らずのうちに学んでいるわけなのです。

そう考えてみると、今自分が教えているときに使っている論理やアイデア、言葉使いなどは全て、過去からの「借り物」なのです。

つまり、教えを継承しているということなのです。

その「教え」にはダイレクトなものから間接的なものまで、いっぱい詰まっているのでそこが面白いところですし、それが教えている本人の意識の底に沈められていて、臨機応変にでてくる場が「レッスンの場」なのですね。

たまに勘違いをして「自分が言っていることが一番正しい!」というアプローチで教えている先生もいるのかもしれませんが、冷静に考えれば、先生という存在は先人の教えを継承しているだけに過ぎないのです。ですから、ある先生がたった一人で音楽的な技術や表現などについて発想したのだと断言しているのであれば、それは大いなる勘違い…としかいいようがありません。

もし、それが“完全に”自分だけのアイデアで生み出したのだとしたら、その先生は“巨匠”でしかありえないはずです。

ちょっと話が脱線しましたが、教える立場としては、「先人の力を借りている」という謙虚な姿勢が大切なのです。

教えるのが上手い人…というのは、そういう立場を理解している人なのだなあ、と最近思います。そして、そういう人はよく勉強しています。様々な音楽を聴き、たくさん本を読み、いろいろな奏者の意見を聞き、貪欲に自分のなかに取り込もうとします。そしてそれを取り込んで整理整頓していく能力に優れているのです。

ですので、名教授といわれる人の内部にあるものを「プロフィール的な」誰それに師事…という表層だけでは推し量れないということです。

様々な経験を、素直に自分のなかにとりこんで、それを整理する能力…それが教える側に必要な能力です。そして、たまに先人たちの言葉を借りること…これが意外に大切なことなのかもしれません。

 

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