奏法というものを考えるとき、いつも大切にしていることがある。
それは「体が先」という考え方だ。
クラシックギターの弾き方について、今まで山ほど研究してきた。生徒を教えるときも言葉で説明することが多い。とはいえ身体動作の言語化は危険も伴う。
言葉の捉え方は生徒さんによって様々。僕は僕の動作を言語化しているのだけど、それはあくまでも僕の感覚である。生徒さんに僕の定義がそのまま伝わるとは限らないのだ。
なので、レッスンの時にまずは生徒さんには「やってみる」ことを勧める。
そして、生徒さんが「どう自分の身体が感じているか」を考えてもらう。どこかに無理なテンションが入っていないか?…なんとなく不安定な感じがする…とか。その上で自分で「言語化」してもらうのが一番良い。
様々な反応が出てくるものだ。そこからいくつかの身体アクションのアイデアを投げることにしている。身体の軸のバランスや腕の使い方や指の関節の意識などである。そこからまたそれを意識して練習をしてもらう。
レッスンで上達しないタイプの人というのがいて、「頭で理解してしまう」タイプ。
こういうのを試してみてねー!と提案しても、「はい、わかりました!」と言って、メモをとって「やってみない」タイプの人。
メモとって、終わりにしてしまう。頭でわかったふりをする。それはできるだろう…と思ってしまうのだ。
これが一番困る。
身体動作はある意味自動化している。歩くのだって、立ったり座ったりするのだって、誰も考えて行っていないでしょう?
これは実はギターでも一緒なのである。
「1弦の5フレット押さえてね!」という時に、ほとんどの人は無意識に今までの身体動作で慣れてきたアクションを用いて弦を押さえるのだ。腕全体のバランスや指関節の正しい形など無視して、指を動かす。
一応「フレットを押さえる」というアクションはできている。この「できている」つもりが一番厄介。本当はポジションや高音弦や低音弦までのレンジを考えた指の形を作っていかなくてはならないし、その動きはできるだけナチュラルなものでなくてはいけない。身体の動きの合理性にかなっていないといけないのだ。
なので、ギター未経験者は自動化された指の動かし方を再調整(再プログラミング)しなくてはいけない。
実際のレッスンではそのような再プログラミングが続くのである。1年も2年も。
話を戻そう。
人間は「動作が先」なのである。「体が先」。よく脳みそが命令を与えて体を動かしている…と思っている人が多いが、その脳みその命令は非常に雑であり、今まで培ってきた「できる動作」で代用しようとする。クラシックギター演奏に必要とされる左右両手の動きは、その「できる動作」よりもより精緻でバランスのとれたものでなくてはならないのだ。
ギター未経験の人でも、フレットは押さえられるし、弦を引っ張り上げれば音は一応出る。でも、その両手の動きでは将来的にきちんとした曲は弾けないだろう。
そのくらい実は一般の人の身体の動作は「雑」で厄介なことに「自動化」されてしまっているのだ。そして、きちんとした美しく理にかなった動作を脳みそに「再プログラミング」させなきゃならない。
そんなことをいつも考えているのだけど、たまたまこんな本に出会った。
ヤング向けに書かれた本。とはいえ、ムッチャ面白い。
身体は「不自由」である。だからこそ、それが個性があり、体というものをそのように扱ってあげてね!という本。(ざっくりしているなあー)
この本が素晴らしいなあーと思ったのは、身体というものは「自分の思う通りにはならないよ」と明言していること。著者の方自身が「吃音」者であり、その経験から書かれている。
その経験をもとに身体の不自由さと脳みその関係をわかりやすく解いている。
「体が勝手にやっていること」がある。
「頭と体が連動しないエラーが起こる」こともある。
この「身体の不自由さ」と「頭と体が連動しないエラーがたくさんある」という二点を考慮するだけでも、奏法を学んでいくことのヒントが得られる。
レッスンでは僕はよくこう言う。
「自分の脳みそって馬鹿なんだよ。手懐けないとね」と。
1つ1つの動作を確認して、身体の理にかなう動きを細分化して学んでいかないと、脳みそは勝手に「この動作でいんぢゃね?」って適当な動作で代用しようとする。
だから、1つずつのアクションを正確に行って脳みそを手なずけていかないとダメなんである。
だからこそ、動作について考えるときは「体が先」なんです。そして、新しい動作をやるときは身体の感覚を優先することも大切。
お馬鹿で怠け者の脳みそに優先権を与えてはダメなんです。
そんなことを考えながら、いっつもレッスンしてます。
上記の本も絶対に面白いです。30分もあれば読めてしまう本ですが、身体について正しい理解を与えてくれる基本書。
ちなみに伊藤亜紗さんの本はどれも面白い。
この本も芸術と身体との関わりという意味で目からウロコがボロボロ落ちた。
そんなことを考えながら書いた本、僕の新しい本ももちろんよろしく。まずは「やってみること」。解説や動画を見ながら自分の言葉で皆さん言語化してみてくださいねー。それがとっても大事。