アルバム「ヨウジとわたし」好調に売れているようです。
5月から6月にかけて、このアルバムのレコ発があったので、たくさん弾かせていただきました。曲というのは弾けばやはり「理解できる点」が増えるのです。これからも弾く機会まだまだあると思いますが、どういう風景が見えてくるかなーと楽しみでもあります。
先日、僕の主宰するリオリコ・ギターアンサンブルで永島志基さん作曲の「4つの季節」を演奏してきました。
うちのアンサンブルのために書かれた作品ですが、やはりこれも最初スコアをみた時と随分印象が変わってきました。実際に自分で演奏して、客観的に理解が進んでくると、弾いていても聴いていても見える景色が違ってくる。
演奏というのは「風景」なのだなあーと漠然と考えています。自分で見たい風景を作品から紡ぎ出す。逆に作品そのものから「風景」が見えてくる。この両方が起こってきます。
本番で演奏するときに、良い意味で技術から離れて、音が作る風景をみたいなあーなんて思います。作品から風景を見るためにはしっかりと解釈し、技術面でも破綻がないように弾くのはもちろん大切なのですが、そこに拘りすぎるとそういう”楽しみ”が失われてしまうのかもなあーと。
最近、そういうことを考えて、本番で弾いてます。
6/20に「尾野薫を聴く」という演奏会があります。他界したギター製作家尾野薫さんの追悼演奏会です。もちろん、僕も尾野薫さん作のギターを使います。普段はアルカンヘルをメインに使っていますが、本格的に弾くと尾野薫さんの楽器にあう”風景”があります。なので、演奏プログラムにも工夫を凝らしました。
皆様ぜひおいでください。

5月から6月にかけて、このアルバムのレコ発があったので、たくさん弾かせていただきました。曲というのは弾けばやはり「理解できる点」が増えるのです。これからも弾く機会まだまだあると思いますが、どういう風景が見えてくるかなーと楽しみでもあります。
先日、僕の主宰するリオリコ・ギターアンサンブルで永島志基さん作曲の「4つの季節」を演奏してきました。
うちのアンサンブルのために書かれた作品ですが、やはりこれも最初スコアをみた時と随分印象が変わってきました。実際に自分で演奏して、客観的に理解が進んでくると、弾いていても聴いていても見える景色が違ってくる。
演奏というのは「風景」なのだなあーと漠然と考えています。自分で見たい風景を作品から紡ぎ出す。逆に作品そのものから「風景」が見えてくる。この両方が起こってきます。
本番で演奏するときに、良い意味で技術から離れて、音が作る風景をみたいなあーなんて思います。作品から風景を見るためにはしっかりと解釈し、技術面でも破綻がないように弾くのはもちろん大切なのですが、そこに拘りすぎるとそういう”楽しみ”が失われてしまうのかもなあーと。
最近、そういうことを考えて、本番で弾いてます。
6/20に「尾野薫を聴く」という演奏会があります。他界したギター製作家尾野薫さんの追悼演奏会です。もちろん、僕も尾野薫さん作のギターを使います。普段はアルカンヘルをメインに使っていますが、本格的に弾くと尾野薫さんの楽器にあう”風景”があります。なので、演奏プログラムにも工夫を凝らしました。
皆様ぜひおいでください。


