そこでふと、「7月って、何してたんだっけ?」と思って振り返ってみたら、思っていた以上にいろいろやっていたことに気づいた。
7月15日。まずはバースデーライブ!
今年の7月15日は、自分の誕生日にバースデーコンサートをやった。
出演してくれたのは、メキシコから来日していたホアン・カルロス・ラグーナ、ソフィア・ルローニ、そして歌の石塚裕美さん。
僕自身のソロでは、サインス・デ・ラ・マーサの組曲《プラテーロとわたし》から「プラテーロ」と「死」、マンホンの《あなたとわたし》、久保田洋司さんの「君が眠っている間の世界」「ヨウジとわたし」。石塚さんとは武満徹の「ぽつねん」と「ワルツ」。
そしてラグーナとは佐藤弘和さんの《風のはこんだ4つの歌》を演奏。
こうして曲名を並べてみると、最近の自分の音楽活動がかなり凝縮されていたことに気づく。《プラテーロとわたし》は2019年に録音し、《あなたとわたし》は2021年。そして昨年から今年にかけては久保田洋司さんとの《ヨウジとわたし》。
武満徹の歌も、自分にとって長く大切にしてきた音楽。「いま自分が何を弾きたいのか」を考えていったら、自然とこういうプログラムになった。
若い頃は、コンサートというと「何を弾けば自分を見せられるか」という意識も、今よりずっと強かったと思う。
でも、最近は自分が本当に好きな音楽、自分の中に長く残っている音楽を弾いて、その空気をお客さんと共有できればいいという気分が強い。
それにしても、自分の誕生日に、その時いちばん弾きたい曲を弾いて、親しい音楽家たちにも付き合ってもらうというのは、なかなか有難い。
来年は55歳。さて、どうしようかな。今年とは少し違う形で、何かやってみてもいいかもしれない。
……ということだけ、今のところ書いておきます(笑)。
そしてジュリアーニ
その数日後、7月19日は現代ギター社での講座。
「巨匠たちの作品への真摯なるアプローチ」シリーズの第3回で、今回はマウロ・ジュリアーニを取り上げた。
ジュリアーニというと、ギターをやっている人ならもちろん有名な作曲家だけれど、「では、彼はどんな音楽家だったのか?」と考えてみると、意外と知られていないことも多い。
南イタリアからウィーンへ渡り、ベートーヴェンのいた時代の音楽界で活動していたこと。ソルとはかなり違った作曲の発想を持っていること。そして、当時ウィーンで使われていたテルツギターという楽器。
今回は実際にテルツギターも使いながら、「ジュリアーニは、そもそもどんな音を想像していたのだろう?」というところをデモンストレーション。
こういう講座をやっていると、自分でも新しい発見がある。
資料を読み、楽譜を分析する。当時の楽器で弾いてみて、実際に音にしてみる。
すると、「ああ、だからこう書いてあるのか」と身体で納得できる瞬間があるんです。
音楽史の話と演奏技術の話が、そこでひとつになる。この「真摯なるアプローチ」シリーズは、ジュリアーニで終わりではありません。これからもいろいろな作曲家を取り上げながら、「その人は何を考えて、この音を書いたのか」を一緒に探っていく予定。
単なる作品解説ではなく、実際に弾く人の目線から作曲家の世界を見ていく講座なので、興味のある方はぜひ今後の回(次は10/4)にも来ていただけたらと思う。
大学の前期授業も終了
7月後半になると、大学の授業も前期のまとめ。普段、自分主宰の教室でもレッスンしているが、「区切り」があるので、ちょっと違う感覚を持って教えているのは事実。
カルリやタレガのエチュードをやったり、右手や左手の運指を確認したり、発表会をやったりしているのだけど、学生を教えながら最近ますます思うのは、「技術を教える」ということと、「音楽を教える」
ということは、順番を間違えるとかなり違うものになるのかなーと。
まず音楽がある。どんなフレーズなのか。どこへ向かっているのか。どんな音が欲しいのか。
そのうえで、「じゃあ、そのためにはこの指使いが必要だね」「このタッチが必要だね」となる。
技術から音楽を作るのではなく、音楽から必要な技術を見つけていく。これはここ数年、自分の中でもかなり明確になってきた。これは先に述べたように「区切り」のある大学の授業だからこそ、この要点を外してはいけないのかなーと思う。
逆にいえば、個人レッスンでの生徒さんには基本技術をひたすらに何年でもかけて丁寧に教え込むことができるが、下手すると「音楽ファースト」を忘れがちになっているのかもしれない……とちょっと反省したりしている。
連盟では、音楽家の仕事について考える
そして、この時期は日本ギター連盟の仕事もいろいろ。その一つとして、音楽家の労災保険について少し調べ始めたり、会員へのリサーチをしたり。
音楽家には「演奏する仕事」だけではなく、「教える仕事」がある。
むしろ多くの演奏家にとって、レッスンは職業生活のかなり大きな部分を占めているのだ、普通は。
ところが、芸能関係作業従事者を対象にした労災保険の特別加入制度では、「教える・指導する仕事」が十分にカバーされていない部分がある。
では実際、音楽家が教えている現場ではどんな事故やトラブルが起きているのか。レッスン中の怪我。教室内での事故。身体的な負担。そういう実例を少しずつ集めながら、関係する機関とも話をしている。
これは、すぐに何かが変わるという話ではない。
だけど公益社団法人として、こういう問題について考えていくことも大切だと思っている。
音楽家という職業は、ステージで演奏している時間だけではできていない。
教える。審査する。企画する。文章を書く。楽譜を作る。運営する。
そういうもの全部をひっくるめて、音楽家の仕事なのだと思う。だからこそ、こうやって「職業音楽家が良いビジョンを見れるような」地味な作業って必要なのです。
そして東京国際ギターコンクール
そんな7月の終わりから8月の頭にかけて、今年の東京国際ギターコンクールの応募も締め切られた。
今年は、日本から11名。海外から41名。合計52名。
例年のほぼ倍増である!
かなり多くの方に応募していただいた。嬉しい。
この理由はいろいろあると思うけれど、個人的には、コンクールをYouTubeで配信してきたことの効果もかなり大きいのではないかと思っている。
昔だったら、東京国際ギターコンクールという名前を知っていても、実際にどんな人が出ていて、どんな雰囲気で審査が行われているのかまでは、(実際に会場に足を運ばないと)なかなかわからなかった。
でも今は動画で見ることができる。
そこで、「へー、こんなコンクールがあるのか!」と思ってくれる人がいる。
さらに、「これなら、もしかしたら俺のほうが上手いんじゃない?」と思ってくれる人がいてもい(笑)。
(僕は、そういう良い意味での「勘違い」は大歓迎だと思っている。)
コンクールというと、どうしても「ものすごく上手い人だけが出る場所」と思われがちだけれど、最初から自分の実力を正確に測れる人なんて、そんなにいないしね。
「ひょっとしたら自分もいけるかも」というところから挑戦が始まる。その結果、自分より上手い人に出会ったり、違う音楽観に触れたり、自分の現在地を知ったりする。
それがコンクールなのだ。
むしろ、そういう人がどんどん出てきてくれたほうが、コンクールとしては面白い。
そしてもう一つ、ここ数年かなり意識してきたのが、コンクールそのものの「アンビエント」。審査はもちろん厳正に行う。でも、会場まで殺伐としている必要はない。出場者が安心して演奏できること。スタッフがきちんと声をかけること。出場者同士が自然に話せること。
落選したからといって、「もう二度と来たくない」と思うようなイベントにはしたくない。
実際、過去の入賞者がもう一度挑戦してくれるケースも増えてきた。
これは順位や賞金だけでは説明できない部分もあると思っている。
「またここで弾きたい」と思ってもらえるコンクールであること。そのために細々としたコンプライアンスを整え、スタッフたちにも共有してきた。
受付、舞台、進行、出場者への対応、会場の空気作り。
そういう細かなところまで動いてくれているスタッフたちが、毎年少しずつ積み重ねてきてくれた結果だと思う。改めて、スタッフのみんなには感謝したい。
コンクールは、優勝者を一人決めれば終わり、というものではない。
挑戦してみようと思う人が増えること。
一度参加した人が、もう一度戻ってきてくれること。
世界中からギタリストが集まって、そこで新しい出会いが生まれること。
そういう循環ができて、初めてコンクールそのものが育っていく。
今年の52名という数字を見ながら、少しずつだけれど、その方向へ進んできたのかな、と思っている。
というわけで、東京国際ギターコンクール、配信でもいいけど、生で観戦に来てほしい。そして、スタッフの動きにも目を向けて欲しいかな!
こうして振り返ってみると
7月は、ずいぶんいろいろやっていた。
演奏する。作曲家について調べる。教える。音楽家の働く環境について考える。コンクールを運営する。
こうして並べると、全部別々の仕事のように見える。
一方で何か繋がりがありそうで。
自分が音楽を演奏し、そこで自分が発見したものを誰かに伝える。次の世代の演奏家が育つ場所を作ること。そして、その人たちが音楽家として仕事を続けていける環境について考えること。
結局は全部、「音楽を弾くことと、音楽が続いていく場所を作ること」を大切にしたいと思って、動いているだけなのだ。
8月は少しダラダラしてます。秋以降のことをぽつぽつ考えている。まだ表には出ていないことも、いくつか。また書きますね。
