クラシックギターの面白さとかすごさってなんなのかなー?といつも考えています。
少し前にこんなことをnoteに書きました。おヒマな方、お読みください。そして僕に習いたいなーと考えている方、是非お読みください。もし僕に習っていて僕のことを「徹底的にクラシックギターのことを極めた人」だと勘違いしている方も是非是非お読みください 苦笑
考えてみると、ギターを弾いてもう30年くらいになる。11歳の時に初めてギター始めた。今年で51だからざっと30年。
そもそもクラシックギターというものが何かわかってスタートしたわけじゃない。もちろんレッスンを受け始めてカルカッシにもカルッリにもソルにも感動して生きてきた。だけど、それだけじゃなくて中学高校とロックやらフォークやら一般のクラシック音楽にも「わー!」と感動して、バンドやったり自分で曲作ってみたり、オケのコンサートにはまったりしてきた。
もちろん、クラシックギターという楽器の面白さや深さにもハマってきたのだけど、そもそそギターを始めた動機が実は不純なのである。本当は津軽三味線がやりたかったのに、うちの母親が見つけてきたのはクラシックギター教室だった。
そのくらい田舎の小学生は無知である。両親も音楽に無関心な人たちだったので、それが幸いしたのか、自分がやっているクラシックギターが弾けさえすれば津軽三味線でもなんでもやれるようになると中学生になるまで信じていた。
田舎の子は無敵であり、無知が効果的に働くこともある。当時はネットもない。情報源は音楽の詳しい友人や楽器店だったりした。
いま話した通り、両親とも音楽には無関心。レコードも家になく、ステレオもない。あるのは防災用のラジカセくらい。それでも一生懸命ラジオ聞いたり、テレビ見て音楽の世界にはまっていった。もちろん、友達の家にレコード聴きにいったり、ギター弾きにいったり。
高校生になってからはステレオ買ってもらって、それこそ朝から晩まで音楽聞いていた。CD借りて(お金がないから友人から借りる)、ダビングして安いカセットウォークマンで学校行く途中も授業中も聴いてた。ギターもクラシックギターよりもエレキギターばっかり弾いていたような気がする。もちろんクラシックギターの曲の練習も楽しかったけど、友人とあれこれ話し合えるのはエレキギター(バンド)だったりしたので、そういう方が楽しかったのだろうなあ。
大学で東京来てからは、ほんとにパラダイス。この世にはこんなにも色々な音楽があるのか!!!!とびっくりした。新宿のマニアックなブートレグ屋さん、渋谷の中古CD屋さん、池袋のウェーブとか。クラシックからロック、ジャズ、プログレから民族音楽まで…こんなにも未知の音楽世界があるのかー!と驚愕。
途方にくれている暇もないので、飯代を節約してひたすら購入。ひたすら聞いた。その時にはクラシックギターもレコードやCDで山ほど聴いていたので、その深さにもはまっていた。セゴビアの演奏のすごさがわかったら、クラシックギターの深さがわかった。それが大学2年生くらいの時だったかな?
なぜ、こんなことを書いているかというと、今の自分の演奏活動もその当時の「音楽好き!」という気持ちと地続きだから。
10/7に洗足学園の方で「トローバ作品だけを集めて演奏会」をやり、10/15は中世古楽バンドのイベロリベロでセファルディー音楽を演奏した。10/27にアコレデライブをやってガッチと歌ものを。11/2からは大阪と小倉で師匠ホセ・ルイス先生の追悼を。
それぞれの現場で全くジャンルが違う。ただ単にギターを弾いているだけである。その源泉が基本的には「音楽やりたい」とか「音楽が好き!」という気持ち。
最近、クラシックギターというジャンルにそもそも興味がないんだろうなーと実感している。
もちろんきちんと勉強はしてきたし、クラシックギター史に関しても奏法研究、表現理論に関してもガッチリと研究してきた。
だけど、自分のやりたい音楽をクラシックギターという楽器でやっているだけなんだろうなあーと。そういう風に最近実感してしまったのだ。
だから、他の人の演奏を聴いても、クラシックギターの場合は無茶苦茶「おもしろさ」とか「凄さ」の正体を分析してしまう。
だから、僕は生徒さんのレッスンでも音楽的に面白いものにしてくれないとつまらないから、ちゃーんと教えます。面白いものにするためにきちんと奏法ができてないと無理なので基礎をしっかりと教えます。その意味では自分で言うのもなんですが、無茶苦茶良いレッスンします。
手放しに「ギターってすごいね」「ギターでそんなことできるって神業だね」と言えないひねくれた性格なんでしょうね。
とりとめのない文章になってしまいましたが、そんなことを考えている昨今です。
少し前にこんなことをnoteに書きました。おヒマな方、お読みください。そして僕に習いたいなーと考えている方、是非お読みください。もし僕に習っていて僕のことを「徹底的にクラシックギターのことを極めた人」だと勘違いしている方も是非是非お読みください 苦笑
考えてみると、ギターを弾いてもう30年くらいになる。11歳の時に初めてギター始めた。今年で51だからざっと30年。
そもそもクラシックギターというものが何かわかってスタートしたわけじゃない。もちろんレッスンを受け始めてカルカッシにもカルッリにもソルにも感動して生きてきた。だけど、それだけじゃなくて中学高校とロックやらフォークやら一般のクラシック音楽にも「わー!」と感動して、バンドやったり自分で曲作ってみたり、オケのコンサートにはまったりしてきた。
もちろん、クラシックギターという楽器の面白さや深さにもハマってきたのだけど、そもそそギターを始めた動機が実は不純なのである。本当は津軽三味線がやりたかったのに、うちの母親が見つけてきたのはクラシックギター教室だった。
そのくらい田舎の小学生は無知である。両親も音楽に無関心な人たちだったので、それが幸いしたのか、自分がやっているクラシックギターが弾けさえすれば津軽三味線でもなんでもやれるようになると中学生になるまで信じていた。
田舎の子は無敵であり、無知が効果的に働くこともある。当時はネットもない。情報源は音楽の詳しい友人や楽器店だったりした。
いま話した通り、両親とも音楽には無関心。レコードも家になく、ステレオもない。あるのは防災用のラジカセくらい。それでも一生懸命ラジオ聞いたり、テレビ見て音楽の世界にはまっていった。もちろん、友達の家にレコード聴きにいったり、ギター弾きにいったり。
高校生になってからはステレオ買ってもらって、それこそ朝から晩まで音楽聞いていた。CD借りて(お金がないから友人から借りる)、ダビングして安いカセットウォークマンで学校行く途中も授業中も聴いてた。ギターもクラシックギターよりもエレキギターばっかり弾いていたような気がする。もちろんクラシックギターの曲の練習も楽しかったけど、友人とあれこれ話し合えるのはエレキギター(バンド)だったりしたので、そういう方が楽しかったのだろうなあ。
大学で東京来てからは、ほんとにパラダイス。この世にはこんなにも色々な音楽があるのか!!!!とびっくりした。新宿のマニアックなブートレグ屋さん、渋谷の中古CD屋さん、池袋のウェーブとか。クラシックからロック、ジャズ、プログレから民族音楽まで…こんなにも未知の音楽世界があるのかー!と驚愕。
途方にくれている暇もないので、飯代を節約してひたすら購入。ひたすら聞いた。その時にはクラシックギターもレコードやCDで山ほど聴いていたので、その深さにもはまっていた。セゴビアの演奏のすごさがわかったら、クラシックギターの深さがわかった。それが大学2年生くらいの時だったかな?
なぜ、こんなことを書いているかというと、今の自分の演奏活動もその当時の「音楽好き!」という気持ちと地続きだから。
10/7に洗足学園の方で「トローバ作品だけを集めて演奏会」をやり、10/15は中世古楽バンドのイベロリベロでセファルディー音楽を演奏した。10/27にアコレデライブをやってガッチと歌ものを。11/2からは大阪と小倉で師匠ホセ・ルイス先生の追悼を。
それぞれの現場で全くジャンルが違う。ただ単にギターを弾いているだけである。その源泉が基本的には「音楽やりたい」とか「音楽が好き!」という気持ち。
最近、クラシックギターというジャンルにそもそも興味がないんだろうなーと実感している。
もちろんきちんと勉強はしてきたし、クラシックギター史に関しても奏法研究、表現理論に関してもガッチリと研究してきた。
だけど、自分のやりたい音楽をクラシックギターという楽器でやっているだけなんだろうなあーと。そういう風に最近実感してしまったのだ。
だから、他の人の演奏を聴いても、クラシックギターの場合は無茶苦茶「おもしろさ」とか「凄さ」の正体を分析してしまう。
だから、僕は生徒さんのレッスンでも音楽的に面白いものにしてくれないとつまらないから、ちゃーんと教えます。面白いものにするためにきちんと奏法ができてないと無理なので基礎をしっかりと教えます。その意味では自分で言うのもなんですが、無茶苦茶良いレッスンします。
手放しに「ギターってすごいね」「ギターでそんなことできるって神業だね」と言えないひねくれた性格なんでしょうね。
とりとめのない文章になってしまいましたが、そんなことを考えている昨今です。