当日は松本吉史さん制作のトーレスモデルで演奏。遠達性のある素晴らしい楽器です。
製作家ご本人もご来場いただきました。
当日のプログラムはこんな感じ。
弾いていて楽しかったのは「ラ・マンチャの歌」。冒頭のプレリュードもとってもレアだったと思います。これも弾いていて”不思議な曲だなあ”と思いました。
本番で通して弾いてみると、やはり同じ作曲家の癖やアンビエンスを感じます。その意味で、別の集中力が必要となるのですよね。
通常のリサイタルであれば、作曲家や時代が変わるところで気分転換できる感じがあります。ですが、今回はそれがない感じ。ずーっと換気なしで同じ部屋で過ごしている感覚があります。
とはいえ、一度やってみると経験にはなりますね。
個人用に会場で録音はしておきましたが、楽器は思っている以上に鳴っている。そして、音の抜け感が良い。楽器もやはり使ってみないとわからないものです。手元で鳴っている感触と客席で聞こえている音はかなり違う。
当日のプログラム解説はQRコードで読み取ってもらうという形式。これはナイスアイデアだなあーと。紙のプログラムだと演奏中にばさっとかカサカサとかノイズしますもんね。会場の方、静かに聞いてくれるなあーと思っていたら、そういう仕掛けがあったのですね。
そしてスマホで見ていれば暗闇でも読みやすい。コンサート行っても、紙プログラムだと客席の照明が落ちると読みにくいですもんねー。良いアイデアと思いました。
プログラム解説、再掲しておきます。興味ある方は是非お読みください。
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曲目
プレリュード
カスティーリャ組曲
(ファンダンギーリョ、耕し歌、ダンサ)
特性的小品集
(プレアンブロ、オリーブ畑にて、ブルガレサ、五月祭、夜明けの唄、パノラマ)
スペインの城
(トゥレガノ、トリーハ、マンサナーレス・エル・レアル、松のロマンス、アルカニィス、シグエンサ、アルバ・デ・トルメス、アルカーサル・デ・セゴビア)
ラ・マンチャの歌
(ヘリゴンサ、冬がやってきた、コプリーリャ、羊飼いの娘、ラ・セギディーリャ)
解説
作曲家モレーノ=トローバについて
フェデリコ・モレーノ=トローバは1891年にスペインのマドリッドに生まれた。マドリッドの王立音楽院にて作曲を学んだ。彼の師であったコンラッド・デル・カンポは優れた理論家であり作曲家であった。その弟子としてバカリッセやレマーチャ、フリアン・バウティスタなどの一般に27年世代と言われる作曲家がいた。トローバも当時最先端の和声理論を学び作曲家としての腕を磨いていった。
キャリアの初期はオーケストラ曲を書いていたが、1925年の「トルテシージャスの女主人」の大成功によりサルスエラの作家をメインとしていった。サルスエラはいわば”スペイン大衆オペラ”であり、より民族風の旋律やリズムを音楽に盛り込むようになっていった。
同時に1920年代に若きアンドレス・セゴビアと親交を結び、クラシックギターのための曲を書くように勧められる。第1作は本日も演奏されるカスティーリャ組曲の「ダンサ」であった。その後も主にアンドレス・セゴビアのためにクラシックギター独奏曲を多数書き、この分野のレパートリー拡充に大きく貢献した。その中でも「ソナティネ」は格好のコンサートピースとなっている。
トローバがクラシックギター界に与えた影響は大きい。アルベニスやグラナドスやファリャの作品もスペイン音楽の範疇としてギターで演奏されることが多いが、これらは編曲である。その意味でもトローバの作品はクラシックギターのオリジナル作品であり、且つ”スペイン音楽”であるという点から重要なのである。
そして、強いカスティーリャ色が感じとれる点で貴重な存在でもある。カスティーリャ地方とはマドリッドとその周辺地域のことである。簡単に言えばドン・キホーテの世界観と言っても良い。羊飼いや乾いた土、どこまで歩いても変わらない景色.…そこから想起される旋律やメロディーがトローバの作曲の源泉である。一般のスペイン音楽にはスペイン南部のフラメンコ音楽を源泉としてものが多い。トローバのカスティーリャ色は偏見に囚われたイスパノフィロ(スペイン愛好家)からは異質に映るかもしれないが、真にスペイン文化を理解しているイスパノロゴ(スペイン研究家)の目には本当のスペインが感じとれるのである。
本日の演奏曲目も”カスティーリャ”色が濃厚なものを選んだ。
プレリュード
1981年に「Preludes」と題されて出版された。三曲のプレリュードが収録されいるが、それぞれに副題はなく、既存のトローバ楽曲とは趣を異としている。トローバお得意のスペイン音楽風味は極めて薄い。トローバのキャリアのかなり後期の作品であるが、彼が若い頃学んだマドリッドの前衛芸術家集団27年世代の雰囲気を感じさせる。楽譜が入手困難であるのと、一般に思われているスペイン音楽とは違うタイプの音楽なのでほとんど演奏されることがない。だが、ところどころに現れるカスティーリャ風の旋律やリズム要素は明らかにトローバ風であり、新古典派的なトローバ作品としてもっと弾かれてよい作品である。
カスティーリャ組曲
(ファンダンギーリョ、耕し歌、ダンサ)
1920年代に書かれたダンサが巨匠アンドレス・セゴビア曰く「ギタリスト以外の作曲家によって書かれた初のギター作品」とのこと。残念ながらこの栄誉はファリャ作曲のドビュッシー讃歌に与えられるのが通常のギター史の定説である。ファンダンギーリョは強いアンダルシア感を感じさせる。耕し歌の和声はまさに印象派。ギターの平行移動の和音をうまく用いている。終曲に置かれているダンサは、前2曲と比べると素直な和声感であり、華やかな終わりとなっている。
特性的小品集
(プレアンブロ、オリーブ畑にて、ブルガレサ、五月、夜明けの唄、パノラマ)
小品集と言いつつ6曲でひとまとまりの作品となっている。第1曲のプレアンブロからスタートし、最後のパノラマではそれまでの曲の断片がすべて登場し締めくくりとなっている。三曲目は出版譜では「メロディア」という曲になっているが、アンドレス・セゴビアの実演では三曲目はブルガレサで置き換えられるのが常であった(本日はこのバージョンで演奏する)。全編を通して感じとれる寂寞とした空気感はまさにカスティーリャの空気感そのものである。
スペインの城
(トゥレガノ、トリーハ、マンサナーレス・エル・レアル、松のロマンス、アルカニィス、シグエンサ、アルバ・デ・トルメス、アルカーサル・デ・セゴビア)
スペインの城は実在する古城をイメージして書かれた曲である。スペインの城連作には他にも数曲あるが、アンドレス・セゴビアが”8つのスペインのスケッチ”としてまとめたのが本日演奏される8曲である。リズミカルなトゥレガノから始まり、ニ長調のトリーハ、ハ長調のマンサナーレスへ調を落としつつ進み、松のロマンスとアルカニィスでイ長調の朗らかな様子を効果的に挟み、シグエンサのミスティックな風情へとつなぐ。アルバ・デ・トルメスではトローバの新古典主義的センスが感じ取れるが、終曲では帰営ラッパを模したオープニングから始まり華やかな締めくくりを見せている。
ラ・マンチャの歌
(ヘリゴンサ、冬がやってきた、コプリーリャ、羊飼いの娘、ラ・セギディーリャ)
トローバ珠玉の名曲であるのにも関わらず、出版譜そのままだと演奏不可能であること、実演が極めて少ないことからあまり演奏されることがなかった曲。長調の曲に挟まれる「冬がやってきた」「羊飼いの娘」は寂滅感の印象が強いものの美しく心に残る。冒頭と終曲の「ヘリゴンサ」「ラ・セギディーリャ」のスペインの古風な舞曲感はまさにトローバのお家芸である。終曲の手前に置かれる羊飼いの娘の複合拍子感は息の長さからはスペインの古い中世音楽例えば聖母マリア頌歌集など)からの影響を感じさせる。今回の演奏にあたっては、古今東西のすべての録音をあたり楽譜のエディットを行なった。1番参考になったのは引退した巨匠ジョン・ウィリアムズのものである。